【世界史の教室から】 マッチを持って少女は夢を見る-『マッチ売りの少女』の原題は、『マッチ売りの少女』ではない!?〜国際子どもの本の日に考える〜

今日4月2日は、国際子どもの本の日(International Children’s Book Day)です。今日は息子と一緒に本を読みたいと思います。

さて、4月2日がなぜ、国際子どもの本の日なのかというと、アンデルセンの誕生日だからです。

1966年、IBBYの創設者イェラ・レップマン(Jella Lepman)は、世界中で子どもの本を通しての国際理解を深めるために、記念日をつくろうと提案しました。翌1967年には、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの誕生日である4月2日が「国際子どもの本の日(International Children’s Book Day)」に制定され、以来、毎年各国で、お祝いや、子どもの本に対する一般の関心を呼び起こすための特別な催事が行われています。

1966年、IBBYの創設者イエラ・レップマン(Jella Lepman)は、世界中で子どもの本を通しての国際理解を深めるために、記念日をつくろうと提案し、翌1967年に、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの誕生日である4月2日が「国際子どもの本の日(International Children’s Book Day)」に制定されました。

国際子どもの本の日 | JBBY
jbby.org

アンデルセンといえば、『マッチ売りの少女』が有名です。

ちょっとまだ、5歳の息子には早いかな。

『マッチ売りの少女』を読んであげるかどうか、迷います。ただ、今年はアンデルセンの生誕220年ということで、良いタイミングではあるのですが。

アンデルセンは、1805年に生まれています。

これは世界史では、トラファルガーの海戦やアウステルリッツ三帝会戦の年にあたります。

産業革命が進んでいた時期にあたります。

世界史の授業でも取り上げたことがあるのですが、『マッチ売りの少女』は、当時の社会問題、貧富の格差や児童労働、児童福祉や社会福祉の欠如などを取り上げた作品と言われています。

私は大学院で、19世紀の住宅問題を研究したことがあるのですが、当時は貧富の差がとても大きく、労働者の貧困層は、極めて劣悪な住環境に暮らしています。

19世紀の文学には、そうした社会の様子が多く描かれています。

『マッチ売りの少女』は1845年に発表されているので、アンデルセンが40歳の時の作品になります。

奇しくも同じ年に、エンゲルスが『イングランドにおける労働者階級の状態』を著しています。

エンゲルスは、この3年後の1848年に、マルクスと『共産党宣言』を発表し、その後マルクスは、労働者階級の貧困の原因を分析した『資本論』を著します。

童話作家であったデンマークのアンデルセンと、社会思想家であったドイツ生まれのエンゲルスとの間には、共通点はないように思われますが、同じ年に発表された『マッチ売りの少女』と『イングランドにおける労働者階級の状態』を読むと、両者には、19世紀のヨーロッパ社会を批判的に見る視点が共通しているように思います。

貧困や社会的弱者への温かな眼差し、そして貧富の差が大きく、自由主義経済が主流となっている社会に警鐘を鳴らそうとしている問題意識が、共通しているように思うのです。

5歳の子どもと一緒に読むかどうか、考えながら、『マッチ売りの少女』のテキストにあたってみましょう。

デンマーク語はこちら。

Den lille pige med svovlstikkerne - H.C. Andersen
2025/04/02 Eventyr: Den lille pige med svovlstikkerne - Event
www.andersenstories.com

日本語訳はこちらにあります。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen 大久保ゆう訳 マッチ売りの少女 THE LITTLE MATCH-SELLER
www.aozora.gr.jp

Det var så grueligt koldt; det sneede og det begyndte at blive mørk aften; det var også den sidste aften i året, nytårsaften. I denne kulde og i dette mørke gik på gaden en lille, fattig pige med bart hoved og nøgne fødder; ja hun havde jo rigtignok haft tøfler på, da hun kom hjemme fra; men hvad kunne det hjælpe! det var meget store tøfler, hendes moder havde sidst brugt dem, så store var de, og dem tabte den lille, da hun skyndte sig over gaden, idet to vogne fór så grueligt stærkt forbi; den ene tøffel var ikke at finde og den anden løb en dreng med; han sagde, at den kunne han bruge til vugge, når han selv fik børn.

Dér gik nu den lille pige på de nøgne små fødder, der var røde og blå af kulde; i et gammelt forklæde holdt hun en mængde svovlstikker og ét bundt gik hun med i hånden; ingen havde den hele dag købt af hende; ingen havde givet hende en lille skilling; sulten og forfrossen gik hun og så så forkuet ud, den lille stakkel! Snefnuggene faldt i hendes lange gule hår, der krøllede så smukt om nakken, men den stads tænkte hun rigtignok ikke på. Ud fra alle vinduer skinnede lysene og så lugtede der i gaden så dejligt af gåsesteg; det var jo nytårsaften, ja det tænkte hun på.

とても寒かった。雪が降り始め、夜が暗くなり始めた。しかも、それは年の最後の日、大晦日でもあった。この寒さと暗さの中、裸の頭と裸足の小さな貧しい女の子が街を歩いていた。確かに、家を出たときには軽い布の靴を履いていたのだが、それがどうしたというのだろう!それは非常に大きな靴で、最後に使ったのは彼女の母親だった。その靴は非常に大きく、女の子が急いで道を横切ったとき、二台の車がものすごい速さで通り過ぎたため、片方の靴は見つからなかった。もう片方の靴は男の子が持って行き、「これは自分が子どもを持ったときにベビーベッドとして使える」と言った。

その小さな少女は、裸足で歩いていました。足は寒さで赤く、青くなっていました。古いエプロンを着け、マッチをたくさん持っていた。そして、手には一本の束を握っていました。しかし、その日一日、誰も彼女から買ってはくれなかったし、誰も彼女に少しのお金もくれなかった。お腹も空いて寒さで震えながら、彼女は歩き、なんとも哀れに見えました。雪の結晶が彼女の長い金色の髪に降り積もり、髪は首元で美しく巻きついていましたが、そんなことを彼女はまったく気にしていませんでした。すべての窓から光が漏れ、通りではガチョウの焼ける匂いがとてもおいしそうに漂ってきました。そう、今日は大晦日だ、彼女はそのことを思い出しました。

出典:https://www.andersenstories.com/da/andersen_fortaellinger/den_lille_pige_med_svovlstikkerne 日本語訳はChat GPTの力を借りての拙訳。

19世紀前半、産業革命期のヨーロッパ社会について知らないと、冒頭のこの状況がどうしてなのか、なかなか飲み込めないと思います。

私自身は、何歳で『マッチ売りの少女』を読んだか忘れましたが、世界史の先生になるまでは、社会背景まで考えたことはありませんでした。

少女が売っているマッチは、産業革命の新技術の一つで、1830年頃に発明されています。危険な薬品を使って作ることもあり、資本家が建てた工場で、貧困層の労働者や、女性や児童が、マッチの製造販売に従事していました。

産業革命の授業で、児童労働が問題として取り上げられますが、もっとも児童福祉が進んでいたイギリスでさえ、1832年にグレイ内閣がはじめて、今から見たら不十分な工場法を制定したばかりで、他の国での児童労働や社会問題への対応は、まだまだ遅れていました。

切なくて、続きを読んでいられないのですが、それほど長い物語ではないので、読み進めてみましょう。全文は掲載できなので、最後の場面。

"Mormor!" råbte den lille, "Oh tag mig med! jeg ved, du er borte, når svovlstikken går ud; borte ligesom den varme kakkelovn, den dejlige gåsesteg og det store velsignede juletræ!" - og hun strøg i hast den hele rest svovlstikker, der var i bundtet, hun ville ret holde på mormor; og svovlstikkerne lyste med en sådan glans, at det var klarere end ved den lyse dag. Mormor havde aldrig før været så smuk, så stor; hun løftede den lille pige op på sin arm, og de fløj i glans og glæde, så højt, så højt; og der var ingen kulde, ingen hunger, ingen angst, - de var hos Gud!

Men i krogen ved huset sad i den kolde morgenstund den lille pige med røde kinder, med smil om munden - død, frosset ihjel den sidste aften i det gamle år. Nytårsmorgen gik op over det lille lig, der sad med svovlstikkerne, hvoraf et knippe var næsten brændt. Hun har villet varme sig! sagde man; ingen vidste, hvad smukt hun havde set, i hvilken glans hun med gamle mormor var gået ind til nytårs glæde!

「おばあちゃん!」と小さな女の子は叫びました。「ああ、私を連れて行って!あのマッチが消えるとき、あなたがどこかへ行ってしまうことを知っているわ。温かいストーブのように、美味しいガチョウの焼き物や大きな祝福されたクリスマスツリーのように!」そして彼女は急いで束の中に残っていた全てのマッチを擦りました。おばあちゃんをもっとしっかり抱きしめたかったのです。そしてマッチは、まるで昼間よりも明るい光を放っていました。おばあちゃんは今までで一番美しく、そして大きく見えました。おばあちゃんは小さな女の子を腕に抱き上げ、二人は光と喜びの中を飛んでいきました。どこまでも高く、高く。寒さも、空腹も、恐れもなく、二人は神のもとにいたのです。

しかし、家の隅で、寒い朝に小さな女の子が赤い頬と口元に微笑みを浮かべたまま座っていました。死んでしまったのです。古い年の最後の晩に、凍えて命を落としたのでした。元旦の朝、彼女の小さな亡骸の上に昇った太陽は、マッチの束の中でほとんど燃え尽きたものを見つけました。人々は言いました。「彼女は暖を取ろうとしていたんだ!」 だが、誰も彼女がどんな美しい光景を見ていたのか、どんな輝きの中でおばあちゃんと一緒に新年の喜びへと向かっていたのかは知りませんでした。

出典:https://www.andersenstories.com/da/andersen_fortaellinger/den_lille_pige_med_svovlstikkerne 日本語訳はChat GPTの力を借りての拙訳。

悲しい結末です。

さて、『マッチ売りの少女』ですが、原題は、『マッチ売りの少女』ではないことをご存知でしょうか。

え、『マッチ売りの少女』の原題は、『マッチ売りの少女』ではない?

そうなんです。

原題は、

Den lille pige med svovlstikkerne

英語と日本語に直訳すると、

The little girl with the matches
マッチを持った小さな少女

となります。

マッチを売っていない?

実は、短い作品中に、マッチを売る場面は出てきません。

売っている場面が直接描かれてはいないのですが、「売れなかった」という一文が出てくることから、マッチを売ろうとしていたことがわかります。

「古いエプロンを着け、マッチをたくさん持っていた。そして、手には一本の束を握っていました。しかし、その日一日、誰も彼女から買ってはくれなかったし、誰も彼女に少しのお金もくれなかった。」

さて、彼女は本当に「マッチ売りの少女」なのでしょうか。

文や、当時の社会背景からは、マッチを売ったり、物乞いをしなければ、生きていけない貧困の中にあったことが読み取れますが、「マッチ売りの少女」とまで言い切ってしまって良いのでしょうか。

彼女は別に「マッチ売り」を仕事にしているわけではないと思います。ただ、そうしないと生きていけないので、マッチを売ったり、物乞いをしたりしているのです。

実際、アンデルセンは、

Den lille pige med svovlstikkerne
The little girl with the matches
マッチを持った小さな少女

というタイトルをつけています。

私は、アンデルセンのタイトルにある「med svovlstikkerne(マッチを持った)」は、マッチを「売っている」という部分ではなく、マッチを使って「幸せな夢を見ている」部分に着目して付けられたタイトルではないかと考えています。

だから、無理やり訳すと、

『マッチを持って少女は夢を見る』

みたいな感じでしょうか。

「そして彼女は急いで束の中に残っていた全てのマッチを擦りました。おばあちゃんをもっとしっかり抱きしめたかったのです。そしてマッチは、まるで昼間よりも明るい光を放っていました。おばあちゃんは今までで一番美しく、そして大きく見えました。おばあちゃんは小さな女の子を腕に抱き上げ、二人は光と喜びの中を飛んでいきました。どこまでも高く、高く。寒さも、空腹も、恐れもなく、二人は神のもとにいたのです。」

という部分こそが、

「med svovlstikkerne(マッチを持った)」

が指している部分ではないのだろうかと思います。

物語の中心は、少女がマッチを灯し、幻想の中でおばあさんと会うことで得られる精神的な救済や安らぎにあるのではないでしょうか。

『マッチを持って夢見る少女』
『マッチを灯した少女』

などのタイトルであれば、マッチを「売る」という行為ではなく、灯したマッチが、彼女の心情や物語の本質にどれほど重要な役割を果たしているかを、より鮮明に伝えることができるでしょう。

そんな話をしながら、5歳の子どもとマッチ売りの少女を読みたいなと思いましたが、今年はやめておくことにしました。

今年も、機関車トーマスにします。

まだちょっと『マッチ売りの少女』は難しすぎるし、悲しすぎるし、それが伝えようとしていることを、親の私がうまく子どもに伝えられる自信がありません。

先に聖書とかを読んだ方がいいのかもしれませんね。

アンデルセンは敬虔なクリスチャンであり、物語には聖書の精神性が色濃く反映されていると思います。

私の世界史の授業でも、『カナの婚礼』などを取り上げ、婚礼のワインが足りない時に、イエスが奇跡を起こしてワインを提供する場面を取り上げたりしました。

そういった場面を知ることで、『マッチ売りの少女』の持つ精神性やメッセージも、理解できるように思うのです。

来年以降、また「国際子どもの本の日」に、子どもとアンデルセン『マッチ売りの少女』を読むかどうか、検討したいと思います。

自分で訳して、

『マッチを持って夢見る少女』

というタイトルで子どもにプレゼントするのも悪くない気がして来ました。

国際子どもの本の日の今日、アンデルセンの生誕220年を祝い、児童文学を読んで過ごしてみてはいかがでしょうか。

*写真は自宅の書架にあった、私が子供の頃に買ってもらったアンデルセンの絵本です。